5-1 同一音素内には「異音」があります。
「音素 (phoneme) とは何か」については、他の項目で説明しましたが、各音素が実際に単語の中で使われる場合には、それぞれ違った周りの音によって細かい変化が起こり、少しずつ違った音として発音されます。例えば、英語の閉鎖無声音 /p/ を例に挙げて説明すると、/p/ が3つの異なる単語 pin 「ピン」、spin 「回転」、stop 「停止」で使われ、母国語の話者が発音した場合には、音声学的に細かく観察すると、それぞれ違った発音になります。この現象を一般のアメリカ人話者 (音声学を学んだ経験のない) に対して 「3つの単語で使われている /p/ が同じ発音か、どうか」 聞いてみると、『同じ p が使われているから同じだ』 と答えると思います。
ところが、音声学的に観察すれば、これら3つの p は、それぞれ異なった音、 つまり、同じ音素 /p/ をクラス代表として、そのクラスのメンバーである 「異音」 (allophone) なのです。つまり、pin の p は気音 (aspiration) を伴った [ph] で、spin の場合には普通の [p]、stop の場合には、ほとんど聞こえないほど軽く発音された [p¬] ということになります。例えば、pin の場合の [ph] は、この単語を発音する時に、大きさに関係なく一枚の紙を手に持って口の前に置いておくと、正しく発音されていれば、その紙が振動するはずです。
しかし、これら複数の異音は、日本で発刊されている辞書には、異音扱いされていません。 辞書に示された発音記号は、母国語話者の実際の発音表記であるべきですが、前述の 「気音」 などは表記されていません。筆者の手元にある前述の引用辞書でも、pin, spin, stop は、[pin], [spin], [stɑp] として表記されています。
5-2 日本人がよく間違えるオリンピックの英語のスペル
英語で「オリンピック」を名詞として表示する場合には、Olympics のように語尾に複数形の s が付き、形容詞として使う場合には Olympic Gamesのように使われるのが英語の規則になっています。
ところが、2004年のアテネで開かれたオリンピックのときのNHK放映の英語表示が2004 Olympic のように単数形になっていたので、当時日本に滞在していた筆者はNHK 宛に手紙を書いて「表示の誤り」を指摘しました。それに対しての返事はありませんでしたが、もちろん、筆者だけでなく多くの人が直ぐに気がついたようで、その後直ぐに表示が複数形のOlympicsに変更されていました。
しかし、筆者には、2008年の北京オリンピックの時にも、NHKは再度1回だけ(少なくとも筆者が気がついたのは)、同じように単数形でOLYMPICと表示していた記憶が残っています。
5-3 あなたの趣味はなんですか。
日本人の会話では、「趣味」を話題にすることが多いと思います。嘗ては、履歴書や就職の面接などでも、「趣味」を記述したり、尋ねたりすることが多かったと思います。そのような時には、英語では趣味 (hobby) を複数形のhobbiesにします。複数形でないと、『あなたの、たった1つの趣味は何ですか』と尋ねることになり、相手に失礼になります。
筆者が今でも懐かしく思い出すのが、米国の第40代(1981 – 89) ロナルドレーガン大統領が退任後の1989 (平成元) 年10月に日本を訪問 した時に、「英語が堪能な」マスコミ関係の三人の日本人がアレコレ質問するテレビ放映があり、誰か一人がレーガン大統領に『レーガン大統領閣下、あなたの趣味は何ですか』と英語で聞いた時に「趣味」を単数形のhobbyで使っていたことです。筆者は、その日本人の質問に一瞬「ドキッと」しましたが、レーガン大統領の応答は、独特の口調で, 『えー、私の趣味の1つは乗馬です』と「複数形」のhobbiesを使っていました。
(英語での質問と応答は II. 参考英語表現 p. xx を参照)
5-4 アメリカの国技「フットボール」の命名がオカシイ
アメリカの国技と言えば「フットボール」で、最も人気のあるスポーツです。全国的にみても、子供のころから盛んに参加するスポーツです。子供が4,5歳のなると、「フラッグ フットボール」で基礎を習い、7,8歳では「タックル フットボール」になります。
アメリカでは、フットボールに次ぐ人気のあるスポーツはバスケットボールと野球で、合わせて「アメリカの3大スポーツ」と言われています。これら3大スポーツの発祥の地は、フットボールがイギリス、野球とバスケットボールがアメリカですが、アメリカで「形を替えた」フットボールが国技になりました。
最初に、イギリスのオックスフォード大学の想像逞しい学生たちが1880年代に考えて、始まった「ラグビー フットボール」と「アソシエイション フットボール」が名前を変えて「ラグビー」と「サッカー」として盛んになったようです。
筆者が昔早稲田大学の学生時代には、アメリカン フットボールは「アメラグ」と呼称されていました。考えてみれば、アメリカのフットボールは「足だけを使う」イギリスのフットボールではなく、ドリブルも禁止で、むしろ手も足も使える「ラグビー」に似ているスポーツです。しかし、似ているとは雖も、地面に落ちたボールを拾って続行できるラグビーとは違います。そこで、アメリカン フットボールは、内容から考えると、「フットボール」は「正しい命名」ではないことになります。
アメリカン フットボールは、いったい「何と呼称すれば適切」なのかを考えてみると、難しい問題です。筆者も、限られた知識でアレコレ考えてみましたが、「適切な命名」が浮かんできません。
5-5イギリス英語 (BE) ではMr, Mrs, Dr などの語尾にピリオドが無い
アメリカ英語 (AE) では、Mister, Mistress, Doctorなどの省略形にピリオドを付けて Mr., Mrs. Dr. のようにしますが、イギリス英語 (BE) では、それぞれ語尾にピリオドを付けません。これは、単語の省略形は、「単語を途中で切って省略した場合にピリオドを付ける」という規則に基づいているからです。アメリカ英語のほうが、「その規則を無視して、ピリオドを付けている」ということになります。
しかし、アメリカ英語で頻度高く使われている versus では、vs と vs. の両方が使われています。その理由は、この単語 versusには、s が2つあるからなのか定かではないが、筆者としては、Vs の s は語尾の s と考えて、ピリオドを打たないことにしています。
5-6 英語と日本語の音素の数
各言語の音素数は、音声学者の分析方法や態度によって多少の相違が出てきますが、本書では、特に 「母音音素の分類」 を筆者が長年愛用している小学館発行の 「英和中辞典」 (昭和57年1月20日刊) を参考にすることにしました。
- 英語の音素数
英語には、子音 (consonants) が24、母音 (vowels) は、短母音 11 と二重母音 (重母音とも言う) 5 つを合わせて 16、合計40 の音素があります。子音と母音を下記の表にして示すことにします。
(1)a.子音表
英語の子音は /p b t d k g f v θ ð s z ʃ Ʒ tʃ dƷ h m n ŋ r l j w/ の24です。
(1)b. 母音表
英語の母音は短母音 / i e ɛ æ ə ʌ a u o ɔ ɑ / の11と重母音 (diphthongs) / ei ai ɔi ou au / の5 つで、合計16 です。
(2) 日本語の音素数
日本語の音素数は、子音が 19 と母音が5の合計24あります。以下の通りです。
(2)a. 子音表
子音 / p b t d k g s z ʃ Ʒ tʃ dƷ h m n ŋ r j w / の19 と母音は 短母音 / i e a u o / の5つで、合計 24 音素です。
英語と日本語の音素を比較すると、その数が40 対 24 で、ほぼ2倍の差があります。そこで、日本人が英語を話す場合には、日本語に無い音素を習得しなければならないことになります。子音では、f v θ ð l の5つの音素の発音を習得する必要があります。
ここで少しだけ、自国語である日本語の音素の特徴を、英語との比較で、検討してみましょう。具体的な例をあげると、子音では (1) / t, d / と / s, z /の口蓋化 (palatalization)、母音では (2) 数が少なく 5つだけで、重母音がないことです。
(1)/ t / と / s / の口蓋化
日本語の / t , d / は、50 音表でも分かるように、母音の / i / と / u / の前、/ s, z / は / i / の前で、それぞれ次のように口蓋化します。
/ t / : / i / の前で [tʃi] (ち) ; / u / の前で [tʃu] (つ)になる
/ d / : / / の前で [dƷi] (ぢ) ; / u / の前で [dƷu] (づ) になる
/ s / : / i / の前で [ʃi] (し)になる
/ z / : / i / の前で [Ʒi] (じ) になる
そこで、日本語の / s / , / z /, / t /, / d / には、次のように表示することができます。前述の説明のように、同一の音素の中に少なくとも2種類の異音が異なる音韻環境で認められることになります。
/ s /: [s], [ʃ]
/ z / : [z], [Ʒ]
/ t / : [t], [tʃ]
/ d / : [d], [dƷ]
また、日本語の方言の中には、共通語と違った音声変化をすることがしばしばあります。例えば、長崎方言などでは、「50銭」を[goƷiʃen] (50シェン)のように / s / が / e / の前でも口蓋化 するのを多くの日本語を母国語とする話者は承知していると思います。
(2)b. 母音表
日本語の母音は /a, i, u, e, o/ の短母音5つと、それぞれの母音を長くした長母音 /a:, i:, u:, e:, o:/ の5つですが、長母音は2音節と考えます。
5-7 アメリカの医科、歯科医院は「居抜き」で譲渡
アメリカの医院や歯科医院は、医師や歯科医が高齢で引退するようなときに、設備をそのまま残した、いわゆる「居抜き物件」として、若い後継者に譲渡する慣習があります。日本の場合には、主に飲食店や美容院などを居抜き物件として譲渡する慣習があるようですが、アメリカでは、それが医療界にも及んでいることになります。
アメリカでの慣習として、引退を考え始めた医師や歯科医は、若い後継者を選び、引退前の何年間かを同じ職場で一緒に働いたり、診察日と休診日を替えて単独で働かせたりして、スムーズにバトンタッチができるようにしています。
もちろん、若い医師や歯科医師には、居抜き譲渡に頼らず、全く新しい設備を業者に依頼して開業する人もいますが、「居抜き譲渡」利点は、患者を最初から集めるのではなく、大勢の患者さんを引き継ぐことができることです。もちろん、全ての患者が若い後継の医師になっても、必ず残るとは言えませんが、新しい患者が増えてくるまでにかかる日数と比較すれば、遥かに有利だと考えられます。
ちなみに、筆者の長男はホノルル市内の歯科医ですが、彼の場合は、「居抜き譲渡」ではなく、自分自身で新しく設備を整えて開業しました。ワシントンDCに在るジョージタウン大学の歯科学校を卒業後、ハワイ州の公認歯科医免許を取得し、3年間ほどは先輩歯科医の下で働いた後で、自分自身で新しく開業しました。歯科診療所を全て新しい器具や設備にするのには、かなりの金額が必要で、そのために、住宅を購入する時期が遅くなりました。
5-8 アメリカの裏庭は表庭よりはるかに広い
日本では、通常「裏庭」というと、狭い場所で、「荷物置き場」になっていたりすることがよくありますが、アメリカの家庭の裏庭は、家族の「憩いの場所」または「客を接待するためのスペース」で、プールなどが在り、広いスペースをとっているのが慣習になっています。
その反面、家の前の「表庭」は、豪邸などでも、一般的な家と変わりなく、自家用車が2、3台駐車できるような車庫が付いていて、ごく狭い面積をとっていると言えます。
筆者の経験談ですが、嘗てハワイ大学に在職中に、カリフォルニア州のロサンゼルス近郊に住んでいた某製鉄会社の社長の家に招待され、その家を訪問したことがありま。その家を訪問した時に、前庭はごく狭く、他の一般の家と全く変わりが無い印象を受け、居間に通されて、目の前に広がっている広大な裏庭が視界に入ってきたときには驚きました。その庭の広さを聞いてみると、約2エーカー(約2,500 坪)あるということでした。その広い庭に案内されると、日本庭園があり、「滝の流れ」まであるのには驚きました。
また、豪邸でなくとも、一般的な中流階級の家でも、広い裏庭の「草刈り」をするのが面倒だから、その代わりに「プール」や「ミニ テニスコート」、「バスケットボール」にしたなどという具合で、日本の裏庭事情とは、かなりの相違があります。
5-9緑色の洋服やアクセサリーを身につけていない子供は、学校でクラスメートに「つねられる日」
アイルランドには、キリスト教を広めた聖人「聖パトリック」を祝う3月17日の「聖パトリックの日」(St Patrick’s Day) があります。アメリカでは、この日は祝日ではないのですが、特に、東部のボストン、ニューヨーク、フィラデルフィアなどの地域では、「緑色」の服やアクセサリーを身につけて街でパレードをしたり、アイリッシュ パブで緑色に染めたビールを飲んだりする慣習があります。
また、この日には、ハワイでもそうですが、全米各地の小学校や中学校などでは、子供が「緑色の服」又は「どこか1ヶ所でも緑色がある服」や「緑色のアクセサリー」を身につけて登校しないと、クラスメートから「つねられる」という習慣があります。我が家の子供たちの場合には、幸いにも「そのこと」を、土地の友人から事前に聞いていたので、つねられずに、「つねる側」に回っていました。
ところが、たしか1970年代のセント パトリックの日の夕方に、筆者の自宅の電話に、日本からハワイ大学へ研究休暇で1年間滞在していた先生から『今日、うちの子供が小学校で「日本人を差別している子どもがいるらしく」何人かのクラスメートに「つねられて」泣いて帰ってきた』という連絡がありました。この先生は、かなり興奮していて、『学校に抗議しようと思うが、どう思いますか』ということでした。そこで、筆者は
その先生に「セント パトリックの日」の習慣を説明しました。
5-10昭和39 (1964) 年のカルチャーショック
筆者が初めてハワイへ来た時に、最初に受けたカルチャーショックを挙げると、現在の日本人にとっては「カルチャーショックにするのがオカシイ」と思う事柄ですが、読者の皆さんにお知らせしたいと思います。
筆者は、昭和39 (1964)年の第1回東京オリンピックの年の6月に日本から米国フルブライト委員会の援助でハワイ大学に日本語講師として就任したのですが、まずハワイで初めて見て驚いたのが「公園のスプリンクラー」でした。ワイキキ海岸近くの広い公園のあちらこちらでピピーと音を立てながら勢いよく回転しながら噴出されている複数のスプリンクラーを目の当たりにした時です。自動的に、事前に設定した時間に規則正しく噴出されるのでしょう。「さすがはアメリカ!」と感心させらえました。
もう1つのカルチャーショックは、未だ開設後新アラモアナ ショッピングモールの店に並べられて販売されていたアイスクリームを見たときのことでした。当時の日本では、アイスクリームと言えば、せいぜい「小倉の3色アイスクリーム」(バニラ、ストロベリー、チョコレート)だったので「バスキン アンド ロビンの31色アイスクリーム」を見た時には「衝撃的な驚き」でした。
さらにもう1つのカルチャーショックは、「納税者」という言語表現でした。当時、筆者がハワイの一般住民や同僚との日常会話で直ぐに気づいたのが、多くの人が頻度高く使用していた『私は納税者だ』という言語表現でした。事あるごとに、多くの人が「自分は州や国に対して税金を納めているのだから」このような待遇には納得できないという趣旨の表現でした。
筆者の日本での経験では、大多数の日本人は、税金を納める前には、アレコレ意見や批判をするが、一旦納入した後で税金がどのように使われようと、殆ど批判をしないというものでしたので、ハワイでの経験は驚きで、カルチャーショックでした。
以上、筆者のカルチャーショックを3例挙げましたが、現在の日本人にしてみれば、「全くカルチャーショックにならない」事象と言えます。 異文化から受けるカルチャーショックは、国同士の交流が進んでいくうちに「消えてなくなる」ものと言えます。
5-11何でも「焼ける」のが日本語
日本語では、「焼く」という単語を幅広く使っています。この単語に 相当するのは英語ではburnでしょう。日本語の表現では「ステーキや魚を焼く」、「パンやケーキを焼く」、「肌を焼く」、その他にも「世話を焼く」、「やきもちを焼く」まで、何でもかんでも、「焼いてしまいます」。
他方、英語では、「ステーキを焼く」にしても、いろいろな「焼き方」があります。「直火で調理する場合」はグリル(grill), 「オーブンなどで時間を掛けて焼く」のはロースト(roast), 「表面だけ焼く」ならスィーア(sear), 「表面を焦がす」ならチャー(char)と言います。
また、日本語の「焼く」に相当するburn は、英語では「焼けてしまって、よくない結果を表す」のには、よく使われる単語です。「ステーキを焼きすぎて黒焦げになり」、食べられなくなったようなとき、或いは、「ごみを燃やす」、「火事で家が焼けた」というようなときに使います。
他にも、いろいろな例があげられますが、英語で「焼く」という意味を表現するときには気をつけてください。
5-12 Jesus という名前に驚いた。
筆者がハワイ大学在籍中の1980 (昭和55)年に2回目の研究休暇でカルフォルニア州のロサンゼルス市に1年間滞在した時のことですが、移民として米国へ移住して働いていた若いメキシコ人と会い、その人の名前が何と Jesus (英語読みではジーサス)だが、メキシコでは「ヘースース」と発音する、まさにキリスト教の開祖「イエス キリスト」そのものだったのには驚かされ、「大きなカルチャーショック」を受けました。
まさか、メキシコでは一般男性の名前に「イエス」と名付けるなどとは想像もしなかったことで、筆者の反応としては「不謹慎」な命名だと思いました。しかし、その後、調べてみると、スペインなどでも、「イエス」は男子名として許された命名であることを知りました。アメリカ合衆国に居住しているヒスバニック系の人々では一般的な命名なのです。
